男の友人という男性も加わって、三人で決行した。金持ちのお嬢様っぽいのがいい。そう提案したのはユンミを誘った男だった。
金持ちの上流階級は、俺たちのような、世間に馴染めない奴らをゴミのように思っている。俺たちがどれだけ不憫な思いをしているのか、奴らはまるでわかっていない。苦労するのはまるで俺たち自身が悪いからだと公言する。そういう奴らなら、犯しても罪悪感は起きない。
自分たちを嘲笑う存在。
そうだ、奴らはそういう存在だ。僕が心と体の不一致に悩んでいても、奴らは気味悪がって避けるだけだ。からかって突き放すだけだ。大好きだった担任のように。
構わない。僕をバカにしたんだから、仕返しくらいしても構わないさ。
塾帰りの二人を狙った。私服だったが、いかにもお嬢様らしかった。
「二人の会話から、埼玉では有名なお嬢学校の生徒だとすぐにわかった」
「え? 埼玉?」
美鶴の言葉を、ユンミは気にもせずに聞き流す。
「そう。二人とも楽しそうで、お嬢様学校の先輩後輩って感じで、まるでお姉様と妹ってカンジ。何不自由なく生活しているみたいで、見れば見るほど腹が立った」
歳は同じくらいだ。なのに、どうしてこうも違うのか。自分は己の身体と心に葛藤し、どう生きるべきかを選択しなければならない岐路に立たされている。だがあの二人は違う。きっと約束された線路の上を、楽しそうに、優雅に、何の悩みもなく歩いていくのだ。
理不尽だ。不公平だ。
腸が煮えるような気がした。だから、それほど躊躇いはなかった。
男と一緒に、小さい、後輩と思われる少女に襲いかかった。年上と思われる少女が逃げたので、三人で犯した。暴れる少女の持ち物が散乱した。少女は無我夢中で何かを手に取り、思いっきり振り回した。紫の蛍光ペンが、ユンミの頬を擦った。押さえつけ、仕返しとばかりに頬を二度ほど殴ったのを覚えている。
「上手くやったつもりだったけど、結局はつかまった。男の友人が武勇伝気取りで誰かに話して、そこからバレたらしい」
カンカンと階段を降りる音が響く。男女の声。路地を走り抜けるバイクの音。
「男は、アタシの為だなんて言いながら、結局のところは女子高生を犯してみたいっていう自分の欲求のためだけに行動したようなモンだった。アタシはまんまと騙されて、仲間に引きずり込まれただけ。バカよねぇ」
外で、猫が喧嘩をしている。
「でも、そんなのは言い訳。ただ引きずり込まれただけだなんて、そんなのは理由にはならない。犯した事には変わりない」
その事実は消えない。
誰が悪いのかと問われれば、それは自分だ。自分が、弱かったのだ。自分を誘った男を責める権利など、自分には無い。
「結局、アタシには性欲なんて無かった。少なくとも、あの女の子に対しては、男としての感情は湧かなかった」
いつの間にかちっちゃくなった煙草をテーブルに押しつける。
「犯してから捕まるまで、ずっと考えていた。でも、あの女の子を抱いた事による満足感や快楽なんて、アタシには微塵も湧かなかった。犯している途中から、くだらないとすら思える白々しい感情も湧いた」
「じゃあ、どうして途中でやめたりしなかったんですか? やめたり、しなかったんですよね?」
美鶴は、震えそうになる声を必死に整える。
偶然だ。これはただの偶然だ。
「負けたくなかった」
「負ける?」
「あの子は、最後まで抵抗した。諦める事をしなかった」
振り回す紫の蛍光ペン。それは異常な行為の繰り広げられる世界の中で、一際鮮やかで、激しく、力強かった。紫なんて聞くと、妖艶で妖しげな雰囲気を連想するものだが、それは限りなくまっすぐで、純粋だった。
自分が振り回しても、こうはならない。
ユンミは、なぜだか強い敗北を感じた。自分を見下しているであろう、自分よりも恵まれているであろうはずの相手に負けを感じる事が悔しくて、ユンミは自分を抑える事ができなかった。
「捕まって、何もかもが壊れた。当然家族にも見捨てられ、学校も辞めた。そしてアタシは、結局はどちらも選べなかった」
髪の毛を掻き上げる。
「男に留まる事も、女として生きる事も」
ユンミは中途半端だ。男でもあり、女にも思える。最初に出会った時から、その曖昧さが彼女らしさに思えるくらいだ。
「この紫は烙印。唇を見るたび、触るたびに思い出す。アタシはバカだ。不甲斐ない」
捕まったユンミを、家族は訪ねてなどはこなかった。だが、ただ一人、担任だけが会いに来てくれた。
「僕が、いけなかったのか?」
項垂れ、目に涙を浮かべる姿に、自分がバカだった事を知った。
自分は、愛されていたワケではないだろうが、他の生徒と同じように、大切にはされていた。自分の恋心を、先生は真摯に受け止めてくれていたのだ。
だが自分はそれに気付かなかった。失恋の悲しみに負け、世間は自分を嗤っているのだと卑屈になった。
「世の中がアタシを裏切ったんじゃない。アタシが世の中を誤解したんだ。理不尽に恨んだんだ」
「でも、家族の人はユンミさんの感情を認めてはくれなかったんですよね?」
「アタシの方が、認めてもらえていないと、勝手に思い込んでただけかもしれない」
右腕を額に乗せる。仰向けの身体が、ひどく小さく見える。
「こっちに流れてきて数年後に、母から手紙が届いた。父が死んだ。葬儀に来いだなんて事は書かれてはいなかった。ただ父の死の事実だけが簡潔に書かれていた」
「それだけ?」
「それだけ。便箋半分もない」
「素っ気ないですね」
「ホント、素っ気ない。でも、そっちの方がいい」
腕をどける。天井を眺める。
「あれこれ気遣われたり、謝られたり責められたりするよりはいい」
「でも、親子なのに」
「住所不定無職の息子の居場所なんて、どうやって調べたんだと思う?」
染みだらけの天井。
「きっと、並大抵の努力じゃ見つからない。アリキタリの方法じゃ解らない」
瞳を閉じる。
「社会には、従わなければならないルールがある。守らなければならない決まりがある。それに従わなければ、社会は崩壊してしまう。崩れて、壊れてしまう。アタシのように」
「でも、男の人を好きになるのは悪い事じゃない」
「だったら、そう主張すべきだった。少なくとも、認めてもらえるように口に出して言うべきだった。理解してもらえるまで説得するべきだった。でもアタシは、どうせ解ってもらえないと決めてかかって、勉強に没頭する事で逃げた。失恋して、逆恨みした」
身体全体を捩り、美鶴の方を向く。
「アタシは、今の人生を後悔なんてしていない。アタシを誘った男に恨みもない。どうせ迷ってるアタシを助けてやりたいだなんて言葉は嘘で、ただ女犯したかっただけ。でも、そんな奴の口車に乗ったアタシも悪いんだし、そんなのはどうでもいいって思ってる。それに、アタシがもっと利口だったら、人生はもっとマトモだったのかもしれないって思う事はある。少なくとも、あの女の子を傷つけるような事はしなかった」
ユンミの瞳は深い。
「世渡り能力は必要よ。少なくとも、自分は間違っていない、自分をわかってもらいたいと思うのなら、それを表に出すくらいの能力は、身につけるべきね。でないと、本当に間違った道を歩く事になる」
「でもユンミさん、さっき後悔はしていないって」
「後悔はしていない。でも、アタシのやった事は間違っている」
ハッキリとした声音からは、気弱で自分の生き方に心揺れていた頃の多感な面影は無い。だがそれは、ただ美鶴には見えないというだけであって、やはりユンミは今でも揺れているのかもしれない。紫の唇を見るたびに。
「アタシの行動は、一人の女を傷つけた。彼女は家に閉じこもり、学校も辞めたと聞いた」
「それから、どうなったんですか?」
「知らない」
再び天井を見上げる。
「どうなったのかしらね」
「もしも、もしもですよ」
上擦りそうになるのをなんとか整え、ゆっくりと、丁寧に発音してみる。
「もしもその女の子が、今、ユンミさんの目の前に現れたとしたら、そうしたらユンミさん、どうします?」
今度は首を捻った。顔だけを美鶴へ向ける。
「どうするのかしらね」
それは虚ろと言うよりもどこが恍惚としていて、そんな事は起こらなければいいとは思いながらも、どこかではそんな事態を願ってもいるように見える。
「謝れと言われれば謝るし、死ねと言われても文句は言えない。でも、こんな言い方、相手の心を逆撫でするだけ」
お母さんとユンミさんを引き合わせたら?
美鶴は鼻から息を吸う。
これは偶然だ。こんなの、よくある話だ。
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